相手の意見と同じくらい、自分の意見も大事だよという話

こんにちは、Aki’s Proofreadingの明子です。

コミュニケーションをとるにあたって、相手と歩調を合わせるというのは大切な要素ですよね。
特に組織の中では、仕事を円滑に進めるために、個人個人の能力を活かしつつ、周囲をよく見て歩調を合わせるというのも、組織力の向上という点では重要な要素と考えられるでしょう。

とはいえ、全てを相手に合わせるというのでは、自分自身をないがしろにしているのと同じこと。自分という特性を活かしていない状態であると思います。そのため、自分の意見ははっきりと持った上で、周囲の意見にも耳を傾けるというのが、良好なコミュニケーションの進め方かなと考えます。

日本人は、ディスカッションということに馴染みがないので、意見が対立することイコール相手そのものとの決裂と捉えてしまうことも多く、わたし自身、両方の立場において苦労した経験はたくさんあります。

好きなら好きと言おう!堂々と!

相手に歩調を合わせて後悔したエピソードとして、小学生の時の経験をお話します。
小学生の時点で相手に歩調を合わせるのもどうかと思いますが。

小学校3年生か4年生の時、クラス替えがありました。学年全体での人数はそれほど多くない学校でしたが、わたしにとって、クラス替えとは大人が移住を決断するときと同じくらい緊張したのを覚えています。

席が近くなった数人で、共通の話題の探り合いが始まりました。
当時、たのきんトリオという三人組のアイドルがいて、男の子からも女の子からも人気を集めていました。
わたしはその三人組で好きだったのは「トシちゃん」です。赤がシンボルカラーで歌うときはだいたい真ん中、ニコニコした笑顔が好きでした。

そこで、席が近くなった数人で「たのきんトリオの中で誰が好きか」という話題になりました。
わたしはもちろん、トシちゃんと答える準備万端。
ところが、です。


一人一人が次々と口にするのは、「マッチ」「わたしもマッチ」「おれもマッチ」。みんなマッチ!!
マッチというのは、三人組の中でもちょっとクールなイメージで男の子からの支持を集めていました。

ガーン!!

わたしは、どうしたか?
「わたしもマッチ」と答えてしまいました。

わたしは、数人が同じ意見を答えている中で、一人だけ違う意見を口にすることに、勇気が出ませんでした。
そして、わたしの意見は間違っているんだ、という変な思い込みが浮かび、それ以来、自分がトシちゃんが好きだと言えなくなりました。

大多数の意見に流されてしまうのは、日本人にはありがちなことと思いますが、それでは自分自身を大切にしているとは言えませんよね。わたしの幼少期は、今のわたしが口を出したくなるくらい、周囲に流されっぱなしでした。


わたしの意見は堂々と言おう。好きなら好きだと言おう。
今のわたしが、答えに迷う時、思い浮かぶエピソードです。
週も半ば。ゆっくりいきましょう。では、また!